シニャの趣味部屋

アニメにガンダム、時々映画。好きなことを好きに書いていくだけのブログ。

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【公開日決定】具体的な日付で実感がわいたのか涙があふれたおっさんの殴り書き【劇場版 機動戦士ガンダムSEED FREEDOM】

2006年5月7日、劇場版の制作が発表された時は高校生だった私ももう30代半ばになりました。あれから17年……あの日生まれた子供はもう高校生という状況なんですよ。それほどまでに長い時間を経てたどり着いてようやく公開日決定となりました。早いような…長いような……終わってみればあっという間なのは何事も同じですね。

 

00の劇場版が公開されF91以来の完全新作ではなくなり、AGEや鉄血はもちろん、ビルドシリーズも楽しみつつジ・オリジンやその他OVAの劇場公開作品を見ながらSEEDのことをどこかで思う日々が終わりを告げました。

00の劇場版の時は楽しかったからこれはこれでいいか、という気持ちになった。クアンタかっこいいし地球外生命体との対話という物語もあってガンダムシリーズとしてはF91以来の完全新作としていい感じの作品だったと思います。あれはあれで語りたいくらい好きだけど今回はおいとこう。

その後に動いたのは2016年、両澤千晶氏が亡くなったのである。ガンダムSEEDは良くも悪くもあの夫婦がいたからできた物語だと思うので、ここで私の思う所謂“正史”の劇場版ガンダムSEEDは見れないことが確定した。亡くなったのだから仕方ない。あきらめもついた。元気に生きてるのに変更されたりするよりは納得することができた。

STAFF | 劇場版『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』公式サイト』には脚本の所に両澤さんの名前もあるのである程度作っていたものが反映されるとは思う。ただやっぱり2006年に期待していたものはもう見ることができないだろう。そういう意味ではストーリーに一切の期待がなく楽な状態である。この映画はガンダムSEEDであってガンダムSEEDではないと思っているからこそ気楽に見れる。仮面ライダーオーズも好きで復活のコアメダルも知ってるからこそ、何の不安もなく見れるのは楽なのだ。

20周年プロジェクトとして再始動した時は信用してなかった。正直バンダイとかサンライズより直前にリークした西川貴教氏の方が信用できる。とある曲を出すときに『劇場版用に用意した曲だけど待てなかった。みんなは待ってほしい』みたいなコメントもしてた記憶がある。西川貴教にならついていく、そう思う。

 

そして今日、とうとう公開日が決定した。最初は興奮した、水星の魔女最終話を見るということが吹き飛ぶくらいに興奮した。少しして落ち着いたのか感情が溢れた。実感がわくというのはこういうことなのだろう。具体的な日付というのはそれほどの力があった。復活した時も何一つ感じなかったのにここで一気に沸騰したかのような感じだった。もう不安はない、見れることがほぼ確定した、ただその日が来るのを待てばいい。ここ10年くらいはもうずっと諦めてたからこその感情だろう。自分でもよくわからなかった。

来年1月26日、ここ数年の世界の流れを見てると当日に公開できるかは不安しかない。ただ2006年から待っていたことを考えれば多少のずれなどどうでもいいのだ。公開してくれればそれでいい。

ちょっと不謹慎なネタとすれば、西川VS桑島でどっちが生き残るか気になるくらい。今度は映画で拘束時間限られてるから西川氏も生き残る可能性あるよね。後方からの一撃とアスランの戦友という位置は同じだから多分今回は死なないと思う。というかたぶん映画1本じゃないでしょ。3部作か4部作かその辺にしてくるよ、きっと。水星の魔女は上手くいってる感じあるけど最近のガンダムシリーズあんまり売り上げよくないの多いから。過去作や宇宙世紀にこだわるのは売上があるからだろう。そう考えるとSEEDの映画を1本で終わらせるはずがない。

映画の不安といえば映画館で泣きそうなこと。マジで泣いても不思議じゃないからなぁ。冗談抜きで死んだと思った大切な人が数年後に生きて帰ってきたくらいの事なのよ。個人的にはフラガじゃなくロックオンという感じがしてる、脚本家的な意味で。ほんとに溢れ出したら止められる気がしない。公開初日朝一で行くから泣いてるおっさんがいてもほっといてください。